天気は良く、婆ちゃんも調子良く、誠に明るい認知症。
先日様子がおかしかった時に煮ていった里芋が冷蔵庫に入っていた。
温かくておいしいと、おならを連発してまで大喜びで食べていたのに、
その日は言い方が違う。
「これね、もらったの。でも私はあんまり好きじゃなくてねぇ」
芋をあげた私に向かって説明する。話のつじつまは合ってるように聞こえる、が、
里芋が嫌いなのではない。調理が出来なくなってきているのだ。
実際に煮物にして出せば、おいしいねぇと喜んで食べる。
10分後には、私に向かって言う。
「あんたもお昼を食べたら? あのね、煮物があるよ!」
えぇまぁ 今 作りましたので・・・・
パンを焼いたらいつものマーガリンが見つけられない。
どのくらいかかるかなぁと思って黙って様子を見ていたら、
「無いから、これでも塗ろうか。」 と取り出したのは、なめこだけの佃煮。
マーガリンを渡してあげると、「あぁそうね、これもおいしいよね」 って・・・・
なんて明るい認知症。心配でヘロヘロのエロKAPPA夫妻が負けそうである。
看るとは、ただ同居することや生活することじゃない。
たとえ離れていようと、施設に入ろうが、病院に入れようが、看るは看るなのだ。
私は一緒に暮らすことに決めたが、看るとは決意の問題だと改めて思う。

