「このクソ忙しい月末に参ったぜ。」
「お袋がさ、自転車で銀行に行った帰り、自転車の鍵が無いって電話してきた。」
「歩いて帰ったらしいが、まさか自転車を銀行に置きっぱなしって訳にいかんし。」
「今実家なんやけど、俺も段取りあるしなぁ。鍵どこにやったんやろ?」
先月の月末のことだった。親子とはいえ、さすがに仕事も詰まっててイライラしたらしい。
道端に落ちてるでもなし、いつものバッグにもなし、
結局、「ポケットは無いズボンだ」と言い張っていたズボンのポケットにあったのだった。
じゃ自転車を取ってくるから鍵をくれと言えば、鍵は自転車に付いてるから乗ってけと言う。
支離滅裂でいったい何がどうなってるのかと憤慨するkappa。
自転車の鍵をポケットに入れてそれを忘れてるのは物忘れだ。
だが、朝、ポケットのあるズボンを履いた行動そのものが記憶から抜け落ちている。
自分が自転車で銀行に行った行動も、抜け落ちている。
起こした行動そのものの記憶が抜け落ちる、それは物忘れではなく痴呆だ。
「実はしょっちゅう家の鍵や自転車の鍵をなくすのだ」と孫娘。
無くさないように大きめのキーホルダーを付けても取ってしまうのだと言う。
痴呆の入った人は、日頃からあまり良く思ってなかった人の言うことは聞かない。
怒られた、バカにされたと勝手に解釈し、強情に心を閉ざし世話を焼かせてくれない。
私やkappaの言うことなら、うまくやれば聞いてくれるかもよ?
翌日、鍵に薔薇夫Lにねぶた祭りのおみやげに頂いた可愛い鈴を付けてあげる。
「これなら落としてもポケット入れても音がするし、ほら可愛いやろ?」 と言えば
「うん、そうやねぇ」 満足そうなのでホッとする。
「炊飯ジャーに仕立ててある米は私の?それとも孫娘の?炊いてもいいの?」
この質問も日常茶飯事なのだと孫娘は言う。
炊いてもいいよと言えば、鼻歌でスイッチを入れ、10分後にまたスイッチを入れに行って
「あら、炊いてある。でも冷たいな。」 と不思議そう。10分しか経ってない記憶はない。
明日は老人会で日帰りで宇奈月へ行くという。カレンダーの日付とずれてる。
「明日じゃないよ。明後日だよ。朝電話してあげるし、kappaが集合場所へ送るから。」
しかし案の定、翌朝電話がかかる。
「今日は老人会やけど近いから自分で行くし、送ってくれなくて大丈夫よ。」
宇奈月でしょ?今日じゃなくて明日だよ。と言えば、
「あれ?明日なの?宇奈月?場所は私は知らないんだけどね。」
あらら、婆ちゃん、あんなに自分で宇奈月って言ってたのに。
でもいざ行ってきたら、とても楽しかったらしい。ご機嫌だった。
暴風雨の中、kappaが送迎してくれたことも友達に自慢で、幸せそうだった。
痴呆は、不幸じゃない。
でも痴呆をバカにされて話も聞いてもらえない人がいれば、それは不幸だと思う。
冷蔵庫には一人でどうやって食べるのかというほど同じものが詰まっている。
孫娘が入れたのだとか食べたのだとか都合の良い解釈を信じ込んでいるようだ。
けれど思う。だから買い物に行くなと言うのではなく、
フォローするしかないのだと。失敗を責めてはいけないのだと。
kappaに言う。この先、一人にしとくのが心配になったら、もうZのツーリング無理ね。
行きたいなら、少しずつ上手にディサービスに慣れてもらって、
日曜日でも予約の利くところと仲良くしといたらいい。婆ちゃん人と話すの好きだし。
どちらも自由を奪われるだけじゃ、看る側も看られる側も、精神的に潰れてしまうよ。
やっと解かってくれた。kappaの理解があれば、やってけそうな気がする。
孫娘が家を建てた→引っ越す→kappaが来てくれる・・・・
口では強がってるけど、きっとホッしたんだろうな。
だからちょっと脳難箇所が進行したんだろう。
2009年11月03日
自転車の鍵
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